セミリタイア

他人がやっていると羨ましいのに、自分がやってみるとそんなに楽しくない

他人がやっていると羨ましいのに、自分がやってみるとそんなに楽しくない。

これって節約生活をしていく上で、かなり重要になってくると思う。

仕事を辞める前に「海外に行ったらきっと楽しいんだろうなあ」と漠然と思っていたが、実際に海外旅行をしてみると想像していたよりも楽しくない。

決して、楽しくないわけではないが、想像していたよりも楽しくないのだ。
パタヤビーチでぼーっとサンセットを眺めたって毎日みてれば飽きるし、台湾でタピオカミルクティーを毎日飲んでたらそりゃ飽きる。
それなのに他人がやっているのをみると必要以上に楽しくみえてしまう。

想像していたよりも楽しくない。
この「想像」がどこで掻き立てられるかというと、やはりSNSだと思う。
ツイッターやインスタグラムで誰かがキラキラした写真をあげているのをみると、「楽しそうだな」とか「羨ましいな」とかいう感情が芽生えてくる。

「羨ましいな」と感じたときは、本当に自分が同じことをやっても楽しいかを真剣に考えたほうがいい。
自分の場合、だいたいのことは、いざ自分がやってみると思ったより楽しくない。

まあ、必要以上に楽しそうにみえてしまう自分が悪いのかもしれないが。

この自分がやっても楽しいかを見極める精度をあげていかないと、ただただ出費が増えて言ってしまう。

他人がやっていると羨ましいのに、自分がやってみるとそんなに楽しくなかったこと

思い起こしてみれば、これまでにも他人がやっていると羨ましいのに、自分がやってみるとそんなに楽しくなかったことはけっこうあった。

・大学生のときのBBQ

大学生のときはやたらBBQ(バーベキュー)をしている人たちが羨ましくみえた。
一度、ゼミで開催されたBBQに行ってみたことがあるが、思っていたよりも楽しくなかった。
おそらくみんなでワイワイするスキルが足りなかったんだと思う。

・クリスマスのときの彼女

クリスマスに彼女がいる人が羨ましい時期があったが、実際にクリスマスに彼女がいるとプレゼントの準備やらなんやらでけっこうめんどくさい。

そもそも、ほしいものがあれば自分で買うからプレゼント交換なんて必要がない。
必要もないのに出費をさせられるのは節約している人からしたらかなり苦痛だ。
まあ、いなきゃいないでさみしいんだけど。

いつまでたっても隣の芝生は青い。

払ったコストに見合うだけの価値はあるか

これからも隣の芝生が青くみえることが多々あると思う。

そんなときは「他人がやっていると羨ましいのに、自分がやってみるとそんなに楽しくない」ということを頭の片隅に置いておきたい。

(自分を含め)節約をしている人って「払ったコストに見合うだけの価値があるか」を重視していると思う。

思ったとおりに楽しいか、思った以上に楽しくないと満足できない。

こんな考えかたじゃ、けっこう生きづらいとは思うが、ちょっとやそっとじゃ変えられそうもない。
ただ、1回は真剣に考えて、納得してコストを払うようにしたい。