セミリタイア

”疲れやすい”ことを受け入れる

昔から思っていたが、自分は疲れやすい気がする。

ただでさえ疲れやすいのに、職場では”若い”というだけで、あれやこれやと雑多な仕事を押し付けられどんどん疲弊していった。

”疲れやすい”という属性は、サラリーマンにはまったく向かない。

仕事なんて1日中アタマを使うことをしているわけではなくて、道筋が決まってきたら、あとは体力で捻じ伏せるしかなくなってくるが、疲れやすい人は無理をしないとそれができない。

疲れやすい自分は、日本のサラリーマンの働きかたにまったくフィットしなかった。

仕事でのダメージが大きすぎて、休日はほとんど寝ているだけだった時期もあった。
そうなると、”平日は仕事のために睡眠時間を削って、休日は仕事のために睡眠時間を確保する”みたいな訳のわからない状態になってくる。

プライベートな時間を削って休日に寝ていると、だんだんと仕事のために寝ている気がして、「これ、生きてる意味あんの」と思いながら、そのまま憂鬱な気持ちで月曜を迎えることになる。

こんな感じの生活だったので、どこかのタイミングでセミリタイアするのは必然だったのかもしれない。

”疲れやすい”ことを受け入れる

仕事を辞めてからは疲れやすいことを受け入れるようにしている。

ダウナー系セミリタイアラー(そんなジャンルあるんですか)の人をみていると、「まったくやる気が出なくて寝てばっかりの日もあるわ」と疲れやすさを肯定しているようにみえる。

自分もそう考えたほうが生きやすい気がしたので、その考えを採用することにした。
仕事さえなければ、そんな考えかたもできるようになる。

今は無理をすることなんてほとんどないし、仮に無理をしたとしても完全に自分の意思だ。
他人に押し付けられた仕事のために無理はしたくないが、自分の意思なら無理もできる。
しかも、無理をした翌日は自分で勝手に休みにできる。

そう考えると、今の状況はかなり恵まれている。